<イノヴェーションとデザインの距離>   余田 幸雄

 

 

今回の担当のテーマはイノヴェーションです。イノヴェーションの言葉を聞かない日は無く、またか思われる方は多いと思いますが、暫くお付き合いくださると幸いです。

 

1 イノヴェーションはシュンペーター(Schumpeter)によって「新しいものを生産する、あるいは既存のものを新しい方法で生産することであり、生産とはものや力を結合する」とされていて、ざっくり言えば、幾つかの異なる複数の要素・モノ・技術を統合して新しい製品・技術・サービスを産み出すことだと思います。従って、ある事業者が新たな事業チャンスを求めてイノヴェーションに取り組み事業の新しい柱立てにしようとするには、どういう組織、人材、財源等を使って、いかに効率的に、製品・技術・サービスに纏め上げていくかが、マネジメントとして非常に重要だと考えます。ましてや、経済・社会・技術の変化が激しい中で、複数の異なる要素・モノ・技術を結び付け新しい方法で生産・開発するとなると、社内外の組織、社内外の人材、社内外の財源をどう調達して纏め上げるか、組織や業種、業界横断的なプロジェクトチーム・目的別集団をどう創りあげるかが、事業戦略の中で高いウェイトを占めると思います。

 

2 ところで「組織」と「戦略」の関係については昔から、アルフレッド・D・チャンドラーのいう「組織は戦略に従う」との考え方とイゴール・アンゾフのいう「戦略は組織に従う」の考え方であり多様な議論が積み重ねられてきていますが、このようなプロジェクトチームの組成は、目的がありそれを実現する戦略に呼応して組織を作ることとなりますから、チャンドラー的な考えに近く、どのように集団・組織をデザインしていくかと、いうことになると思います。

 

 それで、独立行政法人経済産業研究所の「デザイン活動は企業の生産性向上に貢献しているか―企業活動基本調査と民間企業の研究活動に関する調査を用いた分析―」というレポートをあるサイトで見つけたときは、いよいよ我が国の企業でも、新事業とそれを担う組織等の構築をデザインし発展させ生産性向上に繋げる活動が定着してきたのか、やっとここまで変わってきたかと、ある種の感銘を受けたのです。

 

3 何故かと言いますと、だいぶ前になりますが2010年の某講演会で慶応大学元塾長の安西 祐一郎さんから、同大学の創立 150年事業として大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科を2008年に開設した際の構想と、当時安西さんや関係者が有しておられた我が国経済・社会・産業・企業への「危機感」についてお聞きしたことを思い出したからです。

 安西さんは当時、我が国産業界の弱点として、多数の人間が関わる複雑で大規模なソーシャルないしエンジニアリングのシステムをデザインしマネジする能力の欠如とグローバルな経験の欠如がありこれがインフラ輸出等の国際競争力の欠如に繋がっていることを指摘されたうえで、これらを担える強力なリーダーシップを発揮できる人材の育成、これらを計画し実現し運営する創造的なシステム・デザイナーの育成、新市場を睨んで個別のプロジェクトを一貫して実行しユーザの満足を達成していけるプロジェクト・マネージャーの育成等を図るために、学際・業際的に教授陣も大学院生も集めた同科を立ち上げたと説明されたと記憶しています。将に、同科の構想と実現自体がシステム・デザイン的なものだったと思えます。

 

4 さて、期待した経済産業研究所のレポートですが、中身を読みますとデザイン=意匠で、企業の意匠関連活動と生産性等を分析したものであり、結局、早とちりであることが分かりました。そこでデザイン(design)という言葉の意味が気になり、改めて調べてみますと、研究社の新英和大辞典第6版では、下図を作る、設計する、企画立案する、構想を纏める等とされ、広辞苑でも「意匠」は、むしろ英語の意味に近い「工夫をめぐらす」こととして昔からあったようですので、デザインは、意匠と考える方が少数だと判断しました。

 

5 システム・デザイン的な手法は、筆者の頭の中では、組織設計や研究開発チームの組成、開発そのものの効率化を指向するものだということとなりますが、このことは米国シリコンヴァレーの有名なIDEOが最初は意匠(デザイン)創作のヴェンチャー企業であったものが企業戦略的な構想作りまで行い、デザイン思考と言っていることから裏付けられると思っております。更に、価値ある意匠の創造の重要性や必要性について異論は全くありませんが、ある製品を構想し具体化していくチームや組織の中でのデザイナーのスキルと役割、海外製が主要となっているCADやデザインソフトに代わるプラットフォームの構築等、システム・デザイン的な全体の分析の上で、重要性・必要性・生産性等が語られるべきで、このことは、経済産業研究所のレポートにおいても、「AppleiPod や任天堂のWii の製品のアイデアの創出に「デザイン活動が役割を果たした」という時のデザイン活動は、本稿の分析で対象としたデザイン活動の枠組みを超えている可能性がある。」と指摘していることに示唆されていると思っています。